山梨県 県議会議員

政策

豊かな山梨を実現する

宮本ひでのり

政府の地方創生

2014年8月増田寛也氏の「地方消滅」東京一極集中が招く人口急減が発刊されました。その内容は実に衝撃的で、このままでは2020年までに全国1800市区町村のうち896の自治体が消滅しかねない。若者が子育て環境の悪い東京圏へ移動し続けた結果、日本は人口減少社会に突入した。多くの地方では、すでに高齢者すら減り始め、大都市では高齢者が激増してゆくという内容でした。

これをきっかけに高齢者の増大、少子化による人口減に関する暗い未来予測が数多く発表され、国民の多くが将来に対する不安を感じる中で国は地方創生本部を立ち上げ、この問題の打開を模索しています。今回国はこれまでの省庁主導の画一的な地域活性化策の手法を捨て「地域ごとに特性を生かした活性化策を提出して欲しい」としています。その結果提出された良い案には資金面、人材面で支援を惜しまないという方針ですから、地方は自分たちのふるさとの生き残りを賭け、全力で取り組む必要があります。しかも今回はこれまでと違い直接的な効果を求められているのです。

全国の市町村は今後の検討にあたり、以下の原則に即した政策を整備し、その徹底をはかるよう求められています。

(一) 自立性(自立を支援する施策)

地方・地域・企業・個人の自立に資するものであること。この中で、外部人材の活用や人づくりにつながる施策を優先課題とする。

(二) 将来性(夢を持つ前向きな施策)

地方が主体となり行う、夢を持つ前向きな取り組みに対する支援に重点をおくこと。

(三) 地域性(地域の実情等を踏まえた施策)

国の施策の「縦割り」を排除し、客観的なデータにより各地域の実情や将来性を十分に踏まえた、持続可能な施策を支援するものであること。

(四) 直接性(直接の支援効果のある施策)

ひと・しごとの移転・創出を図り、これを支えるまちづくりを直接的に支援するものであること

(五) 結果重視(結果を追求する施策)

プロセスよりも結果を重視する支援であること。このため、目指すべき成果が具体的に想定され、検証等がなされるものであること。

山梨県はどう考えるべきか

山梨県はこれにあるように、自立性、将来性、地域性、直接性の原則を踏まえ、しごとが人を呼ぶ好循環を実現するためには、まず県全体が豊かにならなければなりません。それにはこれから成長が期待される産業に投資をし、結果を出す必要があります。

問題は、地域を豊かにするためには、何に投資をしたら良いのかという点です。いわゆる「成長産業」といわれているものの中で、本県の立地と強みを生かせる未来志向の成長産業を改めて見つけ出さなければなりません。

政府の目指す新成長戦略

政府がまとめた「新成長戦略」では、今後の成長を見込める7分野で21の国家戦略プロジェクトを実施し、2020年度までに年平均で名目3%、実質2%を上回る経済成長率の達成を目指すとしています。キーワードは「環境」「医療・介護」そして「アジア」です。

新成長戦略は「環境・エネルギー」「医療・介護・健康」「アジア経済」「観光・地域活性化」の四分野で2020年度までに計約120兆円の新規市場、計約500万人の雇用創出が目標です。

少子高齢化の進展により内需が先細る中、これまで不十分だった医療・介護分野などで国民への社会保障サービスを向上させ、安全・安心の水準を引き上げることにより50兆円の新規市場と284万人の新規雇用を創出するとしています。

また環境関連だけで50兆円の市場創造を目指すほか、観光立国を目指し、訪日外国人を2020年度までに2500万人、将来的には3000万人にまで拡大する。これにより約10兆円の経済波及効果と56万人の新規雇用を生み出すとしています。

山梨県が目指すべき道

山梨県の状況―(日本で下から7番目の人口)、立地―(将来のリニアと高速道路はあるが空港と港がない)等を考えた場合、政府が示した四分野の中で山梨県が目指し得る分野は「医療・介護・健康」と「観光・地域活性化」の二つが考えられます。

医療・介護・健康分野は高齢化社会を迎える中でこれから大きな需要が見込まれると考えられています。団塊の世代が65歳を超え高齢者の仲間入りをしました。大量の老人が一挙に増えたわけです。医学の恩恵を受け平均寿命は昔では考えられないほど長命化し、介護が必要な老人が増える中、それを支える若者の数が年々減少し、勤労者の重い負担と地方の衰退が予想されています。まさにこれが現在わが国を震撼させている少子高齢化社会の構図です。老人はいずれ病気になり、介護を必要とします。このため国と地方自治体は医療と介護の分野に莫大な投資が必要になってきます。介護に携わる人も確保しなければなりません。

しかし、この分野を今後の成長産業ととらえることには問題があります。なぜならば10年もすれば介護が必要な老人の数は徐々に減少していき、15年も経てば激減してしまうことが確実だからです。その結果現在の施設の多くが不要になり、当然雇用も先細ります。団塊の世代が学校にあがるとき多くの小・中・高等学校が新設され、校舎が増築されました。このときの新設校が児童数の減少と共に次々に統廃合され、多くの小・中・高等学校が廃校になったことは記憶に新しいところです。これと同じように、老人介護の分野は、しばらくは右肩上がりを続けるでしょうが、やがてある時点を過ぎると急速に衰退産業の仲間入りすることは明らかです。

また、リニアの開通を好機と捉え山梨県に先端医療施設を誘致し、山梨を医療ケアの先進地にして経済を活性化しようという考え方があります。これもいずれ老人が急減するときが必ず訪れるという観点から、永続的な成長産業として期待することは難しいでしょう。このように介護・医療・健康分野は短期的な成長にはつながりますが、中長期的に見ると山梨県の成長産業の柱になり得ないように思えます。

成長産業の選択

ネット通販の分野は、山梨県の現況と立地条件を考えると多いに期待できる分野です。山梨県で新たな投資を考えた場合、ネックになるのは商圏の小ささです。人口84万人の山梨県は市場規模が小さすぎて、県内消費者だけでは商店、企業が育ちにくい環境にあります。この小さな商圏が御坂山系で国中と郡内にさらに分断され、甲府圏の商圏人口は40万人ほどしかありません。

このため東証一部上場企業は国中ではキトーと山梨中央銀行、郡内ではファナックと富士急行。これだけです。静岡県22社、長野県12社と比較するといかに一部上場企業が少ないかがわかります。東証二部、ジャスダックを加えても山梨は9社しかありませんが静岡は56社、長野は32社と大差がついています。

これだけ見ても県民の所得を向上させ安定した雇用を確保するためには、まず地場の企業を育てる必要があることが良くわかります。

年収で比較した場合東証一部上場企業の平均年収は40歳で600万円を越えています。これに対して資本金二千万円未満の中小零細企業の平均は300万円くらいです。非正規雇用者の年収はさらにそれ以下で、多くは時給900円。一ヶ月20日間働いて14万4千円。年収にすると180万円弱にしかなりません。そして現在山梨県では働く人の中の非正規雇用者は全就業人口の40%にものぼります。

しごととひとの好循環を生み出し、県民所得の向上を図るためには、少なくとも年収300万円以上を望める中小企業を増やすことが急務であることは誰の目にも明らかなのですが、40万人の商圏では、新たに社員300人以上の企業を育てることは非常に困難です。

甲斐の国に生まれ天下に覇を唱えることを夢見た武田信玄公も、恐らく同じ悩みを持ち、国の小ささと、国土の貧しさに慨嘆されたことでしょう。だからこそ信玄公は版図の拡大路線をとられたのではないでしょうか。500年後の現在に至っても山梨県のとるべき道は、版図の拡大が最も有効的な方法です。明治に至り横浜の生糸貿易で成功した甲州商人の多くが東京へ進出したのもその考え方の延長線上にあります。

つまりいつの時代も甲州人は如何ともしがたい国の小ささを克服するために外に向けて進出し商圏の拡大を志向してきました。現代は戦国時代のように無理やり他国に進出することは出来ませんが、時代の進歩により山梨の立地に最適なものが生まれました。それがインターネットです。インターネットという手法により居ながらにして日本全体、あるいは世界全体を商圏にすることが可能になりました。インターネットを活用して国境を越え商いを行う、ネット通販(イー・コマース、略称EC)は、現在最も成長が期待される産業のひとつです。

イー・コマース(ネット通販)の現況と未来予測

経済産業省が発表した『電子商取引に関する市場調査』では、2013年の日本のBtoC-EC(企業対個人)市場は前年比17.4%増の11兆1660億円に達しました。

ネット通販市場は東京オリンピックが開かれる2020年には小売りの20%、60兆円に急拡大するだろうと予測されています。

年々二桁成長を続けるイー・コマースは、期待される成長産業のトップを走っています。

年間10万社が参入しているネット市場で勝ち残るには

ここまでのご説明で、豊かな山梨を実現するためには、15年の成長しか見込めない医療・介護を成長の柱にするのは中・長期的に見ると不安が残ること、山梨県はあまりにも商圏規模が小さく大きな企業が育ちにくいこと。商圏拡大のためには日本全体を商圏にすることが望まれること。それには、今後急成長が見込まれているイー・コマースが必要な条件を満たしていることがお分かりいただけたと思います。

それでは毎年10万社も新規参入があるという競争の激しいイー・コマース業界に山梨県の企業が参入して成功するためにはどうしたらよいのでしょうか。

そのためには県と商工会議所、地場企業と楽天などの民間企業が協調し、新規起業者を好条件で招聘し、知事が先頭に立ち、全県を上げて応援し、育てることが必要です。

駐車場問題と商店街の復活

無料の駐車場と、魅力的な商品さえあれば客が来る。理論的には解っているのですが、商店街には有料駐車場という大きな壁が立ちはだかっています。

商店街に無料駐車場をつくれないのは、既存の有料駐車場の営業を妨害してしまうからです。だから客足が遠のく。商店が廃業して駐車場にする。20年間このような悪循環が続いた結果、甲府市中央商店街は駐車場だらけになってしまいました。

600円のラーメンを食べるために300円の駐車場料金を払って食べにくる客はあまりいません。簡単なしかし最も重要な消費者心理です。客が来ない。売り上げが上がらない。儲からないからやる気が起きない。儲からないから息子が継ごうとしない。従業員も雇えず店主もやる気がないからサービスが低下する。店の改装も出来ないから町が暗くなる。これでは行っても楽しくないから客足がますます遠のく。このような悪循環に陥ったのは主として有料駐車場問題が原因です。

にもかかわらず、街づくり会議ではあいかわらず公共交通機関がどうのとか、経営者のやる気の向上とか、魅力的な商品をそろえるとか、集客イベントの企画とか、行政の補助金とかが話題になっています。もう一度言います。商店街が衰退したのは駐車場が有料であることが大きな原因です。昔の買い物客は(それ以外の選択肢がなかったので)有料駐車場を利用して中心街に買い物に来てくれました。他に楽しみが少なかったことと、商店街に駐車場代を払ってでも行きたくなるという魅力があったからです。ダイエーは町の中に大型スーパーをつくり商店街と共存共栄を図りましたが、後発のイオンは「キツネやタヌキが出るような人里離れたところへ好んで出店する」ことを社の方針にしました。郊外にできた大型スーパーが駐車場は無料なのが当たり前というビジネスモデルを社会の常識にしてしまったため、当然のことながら商店街は敬遠され客は郊外へ流れてしまいました。

無料駐車場という強みを最大限発揮して業績を伸ばしているのが、山梨県で言うと、ラザウォーク、イトーヨーカドー、イオンなどの大型ショッピングセンターです。街中の商店街は既存の有料駐車場がすでにあるというハンデをもっていますから、街中に無料駐車場を作ることは逆立ちしても出来ません。かれらは当然それを見越してビジネスモデルを組み立てています。これが郊外型大規模スーパーの戦略です。かれらはモールの中に擬似商店街をつくって集客していますが、擬似はあくまでも擬似に過ぎません。本物の商店街にはモールでは味わえない様々な魅力が溢れています。そして店の人や友達との人間関係、歌があり、笑いが生まれます。町の魅力では本物の商店街が圧倒していますが、唯一の足かせが有料駐車場なのです。この問題が解決できないために、何回会議を開いても、総合計画を作っても実効が上がらないのです。

現代では買い物の駐車場代は無料であるのが「常識」なのです。とっくに時代は変わっているのに、車を停めるためにお金を払って買い物に来てくださいと「非常識」なことを言っているのが商店街なのです。これでは百年待ってもお客さんは戻ってきません。

みんな解っていても「それじゃあ無料にしよう」と誰も言い出さないのは、すでに有料駐車場を経営している人がいるからです。そればかりか衰退する商店街の中で本業維持をあきらめ廃業した商店が次々に有料駐車場経営に転業しています。有料駐車場は商店街を訪れる人のための施設です。商店が次々に閉店していく中で、有料駐車場だけが増えていくというのは、どう考えても未来の無い話です。

だとしたら思い切って商店街にある駐車場を全部無料にしてしまうという方法はどうでしょうか。無料にすることが難しかったら、甲府中心部は、どれだけ停めても200円にするのです。

甲府市中心部の駐車場オーナーがみんなで話し合い甲府中心部はどんなに停めても200円ということになれば、甲府が昔のような賑わいをとりもどすのも夢ではありません。そうなれば土地オーナーの資産価値が上がります。駐車料収入が減っても土地の値上がりで損金をカバーすることが出来ます。新しく出店する人も増えてきます。人通りが増えれば、駐車場なんかは廃業してもう一度店舗を建設して貸し出すことを考えるオーナーも出てくるでしょう。

このように、お客さんが戻りそこで商売をしたいという人が増え、商業用地の需要が増えてきたら、駐車場経営より収益の良いお店をもう一度始めるなり、貸しビルを建てるなりして他の利用法を考えればよいのです。

甲府市の中央商店街では平成3年から平成16年までの間に、店舗数は39%減、従業者数は38%減、年間商品販売額は27%もの減少となっています。このような状況の中で有料駐車場だけが増え続けているのは異常というより他ありません。いずれこのままでは駐車場経営も成り立たなくなります。それより少しの間辛抱して土地の利用価値の上昇を図ったほうが絶対的に有利だと思います。

商店街にはそぞろ歩く楽しみがあります。

おいしい店を見つける期待があります。

心を癒し、明日への活力を養うパワーがあります。

恋人同士が手をとって歩いても違和感がありません。

素敵な店があり、素敵じゃない店もあり、汚いところやきれいなところがあって雑然としていますが、そこがまた魅力なのです。

会話があり、人間関係が生まれ、思い出が作れます。

飲み屋も居酒屋もバーもあります。

商店街のお店は常に入れ替わりますから、新しい店を見つける楽しみがあります。会話があり、交流が生まれ、絆が出来ます。人生の物語がそこで生まれます。商店街にはこれだけの魅力があります。

平和通りビジネス街の復活

昔、平和通り沿いのビルに事務所を構え、会社を経営することが山梨に生まれ企業家を目指した若者の夢だった時代がありました。

山梨において平和通りは一級のオフィス街だったのです。しかし今では面影はありません。県庁の入り口付近が少しにぎわっている程度です。理由は簡単で、ビルを利用するための駐車場が無いのです。駐車場を作るスペースがありません。車社会になり平和通り沿いのビルがオフィスとして利用しづらいために、会社が郊外へ移転してしまいました。

社員として通う人も、訪問する人も近くに駐車場が無いので、ずっと遠くの有料駐車場に車を置いて歩かなければなりません。通っている従業員は、自分の車のために毎月高額な駐車料金を負担しなければなりません。

そんなわけで平和通りのビルから次々にオフィスが消えてしまったのです。そこで中心部オフィス街復活のために、甲府駅から相生歩道橋あたりまでの平和通り地下に駐車場を作ったらどうでしょうか。もちろん無料で開放します。もともと公道ですから土地の買収交渉や巨額な買収費は必要ありません。行政がその気になってやろうと思えば出来るはずです。

これで平和通りにあるビルの資産価値がグンとアップします。この通り沿いには山梨県の公共機関が集中しています。県庁や市役所、警察、裁判所などの近くに事務所を持ちたい会社はたくさんあるでしょう。それらの企業が最初に中心部へ戻ってきます。数千人の昼間人口が増えれば、町は昼間からにぎやかになります。

甲府駅から相生歩道橋までは約1ロメートルあります。平和通りの道幅は50メートルあるので、5万平方の面積が利用できる計算です。これを全部地下駐車場にすると単純計算で3,500台の駐車場がつくれます。これはイオン甲府昭和店を超える台数です。

三回転すれば1日1万人が中心部を訪れることができます。昼はオフィスビルが利用し、買い物客も利用できます。数年の間に必ず中心街はよみがえるでしょう。人通りが増えれば仕方なく駐車場にした土地の資産価値も上がり、また商業が復活します。

教育政策

山梨県の教育レベルの低下が心配されています。2015年実施された全国学力テストで山梨県は軒並み平均以下をとってしまいました。小学校六年生の算数Bでは47都道府県中最下位という結果に終わりました。学校教育の学力向上問題は、いま最大の課題となっています。やらなければならないことはたくさんありますが、私はまず学校の先生方を多忙な校務や学校行事から出来るだけ開放し、子供たちの教育に打ち込める環境を作ることが大切だと考えます。その上で子供たちと密接なコミュニケーションを取り、教師と生徒の間に信頼関係を構築することが学力向上のみならず、いじめの根絶にもつながるものと確信します。

ビデオで予習・復習

有名塾で実証されているように、教育現場では教え方により生徒の成績に大きな差が出てきます。自分の経験から言っても良い先生に教えを受けたとき学習意欲が高まった記憶があります。そこで提案ですが、教え方の優れた先生の授業をビデオ化し、これを家庭で見ながら予習・復習に活用することができれば学力向上が図れると同時に、いわゆる「落ちこぼれ」生徒の解消にもつながるのではないかと考えます。

海外留学制度

私は大学卒業後数年間アメリカ・ヨーロッパをまわってきました。このときの経験がいま大変役に立っています。日本とふるさと山梨の問題を考えるとき、海外の事情と比較して考えることができ、また違った視点がもてるからです。海外留学で何を学ぶことができるのかは興味の持ち方によって人それぞれですが、経験上必ず何かしら得られるものがあるはずです。いまでも友好姉妹都市を通じ海外ホームステイ制度がありますが、私はこれをさらに拡充し、もっと多くの学生に公費で海外生活を経験していただきたいと考えます。

農業政策

JA長野八ヶ岳は平成十三年小海町・川上村・南牧村・南相木村・北相木村の五町村のJAが合併し誕生しました。ここでは八ヶ岳山麓に広がる、標高1,000~1,500mの高冷地で、年平均気温は8度前後、盛夏でも30度を越えることはほとんどないという冷涼な気候を活かし、みずみずしく柔らかい、レタス、はくさい、キャベツ、ブロッコリーなどの高原野菜が多品目生産され、平成26年度には238億円余の販売高を記録しました。管内のレタス生産者は630戸ですから、一戸あたりに換算すると3,800万円にもなります。

平成25年度の山梨県の全農業生産額は900億円でした。そのうちの55パーセント500億円が日本一の生産量を誇るぶどうや桃を含む果実の生産額ですから、長野八ヶ岳農協630戸の農家が生み出す238億という生産額はとてつもない数字と言えます。

レタスもハクサイも暑さに弱い作物ですので、関東近県で夏場に出荷できる地域はそれほど多くありません。レタスの出荷量が一番少なくなり、価格が一番高くなるのは8月で、この時期の長野県のシェアは8割以上になります。レタスが一番高い時期に、これだけのシェアを確保し、その需給ギャップを最大限に生かし高収益を上げているのです。生産方法もマルチ張などの最新手法を取り入れ、レタス出荷量の35%が予約相対で出荷され、主力出荷先である東京太田市場のレタス部門では絶対的な価格統制力をもっています。

山梨県のぶどうは全国生産量の20パーセント、桃は30パーセントを超える全国の市場シェアを持っているわけですから、農協が相互に協力し流通システムを改善することにより価格統制力を高め、高収益を上げる作物に転換することは可能です。

観光政策

山梨の観光資源は日本最強です。世界文化遺産の富士山と富士五湖をはじめ、三千メートル級の山が連なる南アルプス連峰。秀麗な八ヶ岳の麓に広がる清里高原、渓谷美日本一の栄冠を獲得した昇仙峡、関東有数の温泉地石和温泉郷など、山梨の自然環境は文句なしの日本一です。そのうえ鉄道、高速道路で東京から一時間半という立地条件、リニアが開通すればわずか25分です。

しかし年間の観光客数を見ると最盛期は5,000万人近くを記録したものの、その後じりじりと下がり続け、2012年度の統計では上から13番目、年間3,700万人で、長野県や静岡県、岐阜県にも負けているという情けない状況です。まるでスター選手をズラっと揃えたプロ野球チームが、負け続けているようなもので、一時観光客が押し寄せていた清里や各地の温泉街などの観光地は寂れる一方です。

富士山をはじめとする素晴らしい自然環境に恵まれた山梨県の観光をなんとかすることが、まず豊かな山梨を創る最大の課題です。最近の観光客はお金を使わなくなったと言われますがそんなことはありません。皆さんも家族で一日出かければ、最低でも何万円かの出費を覚悟するはずです。その何千万人分のお金が山梨に落ちることを想像してみてください。観光は決して軽視できない一大産業なのです。

しかしながら観光振興策は一朝一夕では出来ません。ひたすら努力の積み重ねが必要です。それも関連の業種がすべて参加して、外から訪れるお客様を心から迎え、すべての人に満足していただかなければなりません。これは結構難しいことで、たとえば他は全部気に入ったが、たまたま食べた昼食が高くてまずかったというだけで、もう当分山梨には行きたくないという気持ちになったりします。

レジャー規制緩和で観光振興

本来欧米型のレジャーの中心は、釣りとキャンプとバーベキューです。

私が長く滞在したアメリカでは休みの日になると道具やテントを用意して家族や友人とSUVに乗り、山奥の湖畔や川へ気軽に出かけ、のんびりと釣りやボートを楽しみながら何日か過ごします。夜はビールを飲みながらバーベキュー、満天の星空の下でギターを奏で、カントリーソングをみんなで歌います。

野外活動は日ごろのストレスを解消し精神のバランスを整えるのに効果的です。厚生労働省の統計では、99年の約44万人から、11年の約95万人と、この10年ほどでうつ病の絶対数が二倍以上に増加しています。男性の場合は四十代の割合が最も多くなっています。「サラリーマンの八割はうつ予備軍」と言っても過言ではないといわれる現代の日本において、大自然の中でのキャンピングは、仕事に疲れた都会のサラリーマンの心を癒す最も有効な手段のひとつとされています。

ところがアメリカなどではごく普通に行われている山や湖畔のキャンピングが、日本では簡単には出来ません。山火事や、環境破壊、青少年問題などの危険性を未然に防止するため、アメリカ人から見ると過度とも思えるような様々な規制にしばられているからです。

このため日本の観光のほとんどは、湖畔についたら記念写真を撮り、少し散策したあと近くのレストランで食事をしてお土産を買って都会に帰るという形態が大半で、行き帰りの交通渋滞を含め、これでは心を癒すというより疲れに行くというのが実態になっています。

東京から一時間半という地の利とともに、富士山、富士五湖、昇仙峡、八ヶ岳、南アルプスという恵まれた景勝地に囲まれた山梨県が、もしこの過度なレジャー規制を緩和することが出来たなら、現在よりさらに多くの観光客が本県を訪れることが期待されます。

「山梨県は県内のいたるところでキャンプ、釣り、バーベキューが楽しめます。」

「思いたったら山梨県!」こういったPR効果だけで、観光客数は一気に増大します。

現在山梨県には年間3000万人の観光客が訪れています。最近の観光客はお金を使わなくなったといわれますが、たとえば東京から山梨へ観光に行くとなると、往復の交通費、食事代、レジャー施設の利用料金などを含め、日帰りでもかなりの予算を覚悟しなければなりません。仮にひとりが一万円山梨で消費したとすると3,000億円になります。山梨県の年間予算が4.500億円ですから、こう考えると観光は一大産業と言っても良いでしょう。

レジャー規制の緩和で観光客が三割増えれば1,000億円の県内GDP上昇につながります。そして観光は地元の果実、ワイン、農産物などの様々な分野の成長に波及効果があり、それだけ本県が豊かになるわけです。

現在の規制の緩和には確かに多くの難しい課題があると思いますが、この際新たな考え、切り口で、もう一度レジャーの本質を見直し、山梨県が全国に先立ちこれを実現することができたなら、どんなにか素晴らしいことでしょう。

スポーツツーリズム

これまでの従来型の観光は主に都会にある出発地の旅行会社が企画して参加者を目的地へ連れて行く「発地型観光」でしたが、現在では観光客の受け入れ先がプログラムを企画し、参加者が現地集合、現地解散する新しい形態の観光が地域の振興につながると期待され年々増加の傾向にあります。これを「着地型観光」といいます。

つまり地域が都会に向けて情報を発信し、多くの観光客を呼び込み、地域振興につなげようという新しい観光の形態です。

これをうけ、観光庁では今ニューツーリズムという新しい考え方の政策を提唱しています。ニューツーリズムとは、従来の物見遊山的な観光旅行に対して、これまで観光資源としては気付かれていなかったような地域固有の資源を新たに活用し、体験型・交流 型の要素を取り入れた旅行の形態です。

ニューツーリズムにはエコツーリズム、グリーンツーリズム、ヘルスツーリズムなどさまざまな形態がありますが、その中のスポーツツーリズムとは、スポーツを「観る」「する」ための旅行に加え、スポーツを「支える」人々との交流や、旅行者が旅先で多様なスポーツを体験できる環境の整備も含むものを言います。

山梨県は、日照量が日本一、豊かな自然環境、何より東京から一時間半の距離にあるという圧倒的な強みを持っています。スポーツツーリズムを打ち出すには絶好の環境に恵まれているといってよいでしょう。

首都圏でスポーツに特化してニューツーリズムを打ち出している県はまだありません。他に先んじて山梨をスポーツでブランディングし、山梨と言えばスポーツ。スポーツといえば山梨というブランディングを確立するのです。

スポーツツーリズムには東京近郊で約3.700万人のマーケットがあるといわれています。少子高齢化社会を迎え65歳以上高齢者が増え続けている中、健康需要は年々高まる傾向にあります。3,700万人というこの巨大なマーケットに向け情報発信し「週末は山梨でスポーツを」と積極的に呼びかけるのです。多くの人に山梨に来てもらい、スポーツで健康的に汗を流して温泉に浸かってワインを飲んで帰って頂く。これこそまさにニューツーリズム、着地型観光による地域振興の新しい形です。

観光庁ではこういった場合の推進機関として、官民・事業者・NPO・住民など多様なメンバーで協議会を組成し、民間から活動のキーマンを見つけ、その人材をリーダーに実動部隊としてワーキングチームを置くことを提唱しています。

具体的には、甲府駅など主要駅前にスポーツインフォメーションセンターを作ります。スポーツを楽しむためには自分で施設を探し、予約し、用具、衣装を準備するなど大変な手間と労力が必要でしたが、このインフォメーションセンターではワンストップですべて解決できるようになっていますから、急に思い立って山梨を訪れても安心してスポーツを楽しむことが出来ます。

例えば週末の夕方に手ぶらでセンターを訪れた方には、希望するスポーツをその場で確認し、宿と利用施設の案内、予約、交通手段の確保など事前の準備に必要なすべてをパッケージで用意します。

インフォメーションセンターは、トレッキング、マウンテンバイク、トレイルラン、ハイキング、ロードバイク、ラフティング、カヤック、乗馬など比較的知られていないスポーツから、テニス、スキー、スノーボードなどのメジャーなスポーツまで、あらゆるスポーツが対応可能です。

2014年、私は桃源郷ハーフマラソンに出場しましたが、9,000人強の参加者のうち約半数が県外からの参加でありました。これをみて私はスポーツツーリズムには潜在的な大きな需要があることをあらためて実感しました。

また、スポーツツーリズムによる地域振興は、同時に地域スポーツレベルの向上に大きなインパクトを与えるものです。

これを機に県として十年でオリンピックゴールドメダリストを三人誕生させるなどの目標を掲げ、全県でスポーツ教育に力を入れる。あるいは県内の大学とタッグを組み、小中高大のスポーツエリート養成教育機関の設置を図るなどの波及効果も期待できます。

外国人観光客に活路あり

トリップアドバイザーというところの集計では、外国人の人気スポットとして1位に輝いたのは意外なことに広島平和記念資料館・原爆ドーム(広島県)でした。

訪れる人は圧倒的に欧米系白人が多く、

「三度行きましたが、毎回衝撃を受けて出てきます。」(スペイン)「衝撃的、でもすごく意義があった」(オーストラリア)「日本に行ってここを訪れずに帰るなんてありえない」(インド)などいうような感想が寄せられているそうです。

2位以下には伏見稲荷大社(京都府)3位東大寺(奈良県)、4位厳島神社(広島県)、五位金閣寺(京都府)、6位清水寺(京都府)、7位地獄谷野猿公苑(長野県)、8位新宿御苑(東京都)、9位成田山新勝寺(千葉県)、10位築地場外市場(東京都)と続きます。

この中で、わが世界文化遺産富士山は残念ながら17位と低迷しています。
富士山観光の人気がこれほど低くては、山梨観光の目覚しい復活は期待できません。山梨県はまずこれをせめて10位以内にランクインさせる努力が必要です。

リニア開通

2014年12月リニア建設が起工され、2027年の営業をめざし本格的な建設工事が開始されました。いよいよリニア中央新幹線が現実のものとなりつつあります。中央高速道路の開通時もそうでしたが、この高速大量輸送のインフラが本県経済にどんな影響をもたらすのか、これから真剣な議論が必要だと思います。ただリニアはあくまでも東京・名古屋間のための高速交通手段として計画されたものですから、山梨につくられる駅の乗降客がどれほどのものになるかは未知数です。いずれにしても開通当初は人気を呼び本県の観光・ビジネスに大きく寄与するであろう事は間違いないでしょう。

歌声のあふれる町

歌は人間の健康維持に良い効果があることがわかっています。大声で元気良く歌うと、脳内の快楽ホルモンであるドーパミンやβエンドルフィンの分泌が盛んになり、脳の前頭葉の細胞が活性化され、ストレスを発散します。認知症の予防効果もあります。

歌う曲目でも効果が違うようで、特に思い出の歌や良く知っている歌を歌うと、心地よく若返ることができるそうです。歌うことは運動にもなります。一曲歌えば100m走るのに等しい運動量となり、何曲か歌えば有酸素運動となり、筋肉の血管の収縮運動を促し、心臓の働きが活発化し、血液循環も良くなります。歌声健康法は睡眠時の無呼吸症候群の予防や改善にも役立つそうです。(あくまでも個人の感想ですが♪)

全国各地には多くの歌声サークルがあります。山梨県にはほとんどありませんでしたが2015年6月から「ヤマナシ歌声広場」がはじまり、私もその運動に賛同し応援しています。

歌声サークルの良いところは、準備が簡単で費用が余りかからないことです。指導者とオルガンやピアノが弾ける人がひとり居ればすぐ始められ、主役はみなさんの歌声ですから司会のマイク以外に簡単な音響装置があれば充分です。山梨県では集会や会議の前にみんなで元気の出る歌を合唱する慣例を作れば、きっと会議も和やかに進行し、スムーズにまとまるでしょう。

美しい山並みを花の山に変える

相川の扇状地にある躑躅ケ崎の館からは甲府盆地のほとんどを見渡すことが出来ます。平地の部分の風景は信玄の時代とは様変わりしましたが、山裾より高い部分は500年間、当時と同じで変わっていないはずです。信玄公が朝な夕なに眺めた山容とまったく同じ風景を現代の私たちも眺めているのです。日本人は平地には手を入れますが山には手を加えません。山には神が居ると信じていたからです。神の居る山は今でも私たちに様々な恩恵を与えてくれます。適度に水を蓄え洪水を防ぎ、二酸化炭素を取り込んで酸素を供給します。鳥や昆虫を育て花を咲かせます。生活に必要なエネルギーは、昔は100%山の木から得ていました。

この山を桜の園に変えられたらどんなにか素晴らしいことでしょう。

春になると周囲の山々が、どこもかしこも桜色に染まるのです。春風に乗って小鳥の歌が聞こえ、白い雲が春霞の空にのんびりと漂います。きっとこの風景は人々の心まで和やかに変えてくれるでしょう。

中学卒業記念植樹

山梨は毎年8,000人の中学生が卒業します。卒業の年の秋に、全員で近くの山に入り、ひとり二本の桜の苗木を植えたとします。山から遠いところは小川の土手や空き地でもかまいません。とにかく県下で毎年16,000本の桜が増えていくのです。これは中学を卒業したときの記念植樹です。高校を卒業して社会人になり、あるいは大学へ進学して故郷を離れても桜はそこで育ちます。やがて結婚して子供が出来た頃、桜の木は立派な大樹となって迎えてくれます。自分の手で植えた桜を家族で探し出し、この木を植えた頃の自分をもう一度思い出すのです。桜の植樹体験が、心にふるさと愛を育むことが出来れば、この事業は成功です。

人生は山あり谷ありです。どうしようもなく落ち込んだときは、自分が植えた桜に会いに行ってください。どんなに苦しいときも桜は何も言わず温かく迎えてくれるでしょう。

きれいな川は甲府盆地を潤し、心も潤してくれます

美しい川の再生に提案があります。昔、河原は子供たちの遊び場のひとつでしたが、いつしか人の姿が見られなくなりました。昔は笛吹川や荒川で水泳をしていたと話すと、今の子は一様に驚きます。今では川で水泳など考えられません。

日本の川は近隣諸国に比べまだまだきれいなほうですが、それでも汚れてきました。みんなが川を汚さず大切にするにはどうしたらよいでしょう。

江戸時代甲府藩主であった柳沢吉保公のご縁にすがる方法があります。

武田時代、武川衆に生まれた吉保は、将軍綱吉の側近として頭角を現し宝永元年(1704年)甲斐の国15万石の大名となりました。現在の甲府市内の町並みのほとんどは名君といわれた柳沢吉保の時代につくられたものです。後継の長男吉里は大和国郡山藩15万石藩主に転じました。現在の奈良県大和郡山市です。ここでは、江戸時代から武士の副業として始められた金魚の養殖が大変に盛んで山形県の庄内金魚と市場を大きく二分するほどのシェアを誇っています。金魚は五千から一万個の卵を産みます。卵が孵化し、稚魚になって二週間~一ヶ月たった頃、尾びれがはっきりしてきます。この頃になると、良い稚魚と悪い稚魚に選別します。選別し、はねられた金魚は、もったいないことに肉食の熱帯魚の餌になります。

山梨県はこれらの捨てられてしまう運命の金魚や錦鯉を柳沢公のご縁で大和郡山市からいただいてきて県内の川に放流するのです。川に金魚や鯉が泳ぎだすと、川を汚す人が少なくなります。金魚や錦鯉は食用にしませんから捕獲する人も少ないでしょう。それにどちらも草食魚ですから生態系を乱す心配もありません。錦鯉や金魚が小川で普通に泳いでいる町・・・なんて考えただけでも楽しくなります。

若者が結婚できない

山梨県の二十代男性の未婚率は京都、奈良に次いで全国第3位となっています。なんと83%の二十代男性が未婚です。

二十代で結婚できない若者が多いということは、経済的安定と無関係ではありません。非正規雇用者が四〇%もいて、年収が200万以下しかない若者が多く、結婚を考えられないというのが主要原因だと思います。アパートを借りて子供を養育するのに時給900円、1ヶ月17万円の給料では、結婚に二の足を踏む気持ちも理解できます。

恋愛や結婚問題は行政が何とかできる問題ではないかもしれませんが、最近他の府県で婚活に行政が手を貸す事例が増えています。いわゆる自治体主催お見合いパーティーは全国各地で活発に開催されています。

山梨にもいくつかの婚活パーティーなどがありますが、あまり知られておらず県全体では概して低調です。

山梨県は20代の未婚率が飛びぬけて高いわけですから、県はこの問題にもう少し力を入れなければいけないと考えています。お見合いパーティーのような企画は、結局出会いの機会を増やす事業です。ところが本質的な問題は若者の生活力の不安にあるわけですから、出会いが増えてもこれはまとまりません。山梨県の若者の未婚率が高いのは、出会いが少ないところにあるのではなく、年収が少なすぎるところにあるのです。そのためにも一日も早く豊かな山梨を実現して、若者に未来への夢と希望を持ってもらわなければなりません。

2019年開府五百年は甲府と山梨が生まれ変わるときです

1519年8月15日、信玄の父武田信虎公は、守護所を石和の川田(当時)館から現在の武田神社の場所に移すため躑躅ヶ崎の館と甲府の城下まちづくりが起工されました。来る2019年8月15日は甲府が生まれてちょうど五百年の記念すべき年に当たります。武田氏は甲斐守護を任じていましたが各地に散在する豪族の力が強く、武田信虎の甲府への守護所移転によってはじめて甲斐の国が一つになれたと言えます。こういった意味において、甲府開府は甲府の誕生であると同時に統一甲斐の国、山梨県のはじまりでもあるわけです。

誕生日にもいろいろありますが、五百歳の記念は滅多にあることではありません。これは山梨県と甲府市がこれまでの事業をもう一度見直し、次の新たな五百年に向けた明確なビジョンを打ち出す絶好の機会です。

開府五百年を機に新しい祭りの創造を

甲斐源氏の祖と位置づけられているのは、源氏の棟梁八幡太郎義家の弟源義光(新羅三郎義光)とされていますが、武田氏が実際に甲斐に入部したのは義光の子や孫の代の1130年頃といわれています。

以来、源氏の名流武田氏は県内各地に分流し、この国の隅々まで一門といわれる血脈を広げました。山梨県は山に囲まれ他国との交流が少ないところですから、狭い地域で婚姻を重ねた山梨県民は、九百年近い間にほぼ全員が親戚同然になっているはずです。つまり三代も山梨で育てばたいがいが武田信玄の血を受け継いでいることになります。私たちが信玄公の名を口にするとき何か親しみを感じるのは、ひとつにはそれぞれの体に流れる武田の血脈の関係かもしれません。

この信玄公をこよなく愛する県民性から、戦後間もない昭和22年、4月12日の信玄公命日を祈念する祭礼『信玄公祭り』が毎年行われるようになりなりました。

当初は地元の相川地区の住民が甲冑姿で騎馬行列を行っていましたが、NHK「天と地と」の放映を契機に大規模化され1970年昭和42年から現在のようなかたちになりました。

しかし開催を重ねる間にマンネリ感から人気が薄れ、有名俳優の起用や女性武者の行列など観光客動員のための様々な工夫をしているものの、近年盛り上がりに欠ける状況が続き、祭り改革が必要ではないかという声があがるようになりました。

四年後の2019年は信玄公の父信虎公が武田の館を川田から躑躅が崎へ移した記念すべき年に当たります。山梨県と甲府市はこの「開府五百年」を絶好の機会ととらえ、次の五百年に向けこれまでの県政、市政の懸案事項を刷新し、新たなスタートを切る絶好の機会にしようとしています。武田の血脈を持つ県民による「信玄公祭り」の刷新は、まさに開府五百年事業にふさわしい事業といえるでしょう。

祭りに魂を入れる

全国には数百年の歴史を持つ多くの祭りがありますが、その多くが神社仏閣の祭礼・儀式として伝承されてきたものです。神仏に対する尊崇の念を持つ氏子、檀家、住民が祭りを支え、何百年もの間開催されてきました。

信玄公祭りは信玄公の威徳をしのぶ県民の心が生んだ祭りです。一人ひとりの心がつくる祭りなのです。ですから企業や自治体単位で、誰かに言われたから参加する祭りにしてはいけません。規模や見栄えは気にせず、自然に大規模になるならそれで良いという姿勢が大切です。それよりも参加する人の心、祭りに寄せる意識が大切です。

祭りに参加する心、祭りを支える意識を育てるには、まず郷土の歴史を知る必要があります。それが理解できると、戦国時代の武将の中で信玄公がどれだけ偉大な人物であったかが理解できます。そしてまた歴史を知れば、自分の体に流れる武田の血を感じることができるようになります。祭りの重さを感じられます。

これだけの心を育んだ人々が甲冑姿で4月12日の信玄公命日の朝、隊旗を掲げ県内各地から続々と武田の館に参集するのです。何の特別な演出も必要ありません。特に商業的な演出は無用です。昔と同じように「むかで衆」が出陣を告げるために騎馬で県内各地を飛び回り、県内すべての寺社の鐘が激しく鳴り響きます。出陣を告げる狼煙(のろし)が周囲の山から何筋も立ち上がり、音花火が県内各地で打ち上げられます。甲冑姿に身を固めた武者たちが町内の集会所から武田館を目指します。太鼓とほら貝が鳴り響き、沿道の商店は武者のための湯茶と菓子の縁台を軒先に出します。県内各地から参集した武者たちはそれぞれの重臣たちに出頭状を差し出し、戦支度を行います。武田の館では重臣たちが勢揃いして、先祖が行った通りの出陣の儀式を厳粛に行い、御館の下知により隊伍を整え、旗幟を立て、全員が甲府城に向って威風堂々胸を張って行進します。この時も音花火が鳴り、ほら貝が響き、太鼓が打ち流され出陣を告げる伝令の騎馬が飛び回ります。

参加の全員が心身ともに戦国最強と謳われた武田軍団になり切り感動と充実感を味わうことが出来ます。祭りはまず参加した人の感動が大切です。観客の感動はそれを見て高まるのです。参加者はそれぞれ好きな武将の名を書いた旗を背中に付けています。自分の先祖の名を掲げることももちろん出来ます。自分で命名した名を登録することも出来ます。参加者は自分の関連や先祖の歴史から、どこかの隊に所属します。隊には昔と同じような組織があります。一度登録するとこの関係はずっと続きます。昔と同じように先陣を賜るのは山県隊です。穴山隊、小山田隊が続きます。

これはまさに昭和22年相川地区の方々が始められた信玄公祭りの原点です。これが本当の祭りです。何十年、何百年続く祭りの原動力です。

具体的には、学校での戦国期の歴史教育が必要です。現在の教育に加え武田の歴史が子供たちにも容易に理解できる小冊子を製作して教科書と併用すると良いでしょう。学習効果を確認するために良く学んだ子には「武田博士」の称号を授与します。折に触れ史跡の見学会や講演会などを開催するのも良いでしょう。こうやって育った子供たちが成人してこの祭りに参加するような年頃になれば、まつりは本物の祭りになります。

武田の歴史を深く知ることは、我が家の歴史を知ることにもつながります。我が家の歴史を知ることは先祖に思いをはせ、家族を大切にする心を育むことにつながります。祭りは地域の最も楽しみな年間行事でしたが、同時に地域住民の交流を深め団結力、結束力を高める役割を担っていました。つまり昔の地域活動の原点だったのです。開府五百年を契機に一新された信玄公祭りが山梨を愛する心を養う原点になってくれることを期待したいと思います

誰かが立ち上がらなければなりません

まちづくりや商店街の活性化は関係者が集まって会議を重ねればどうにかなる問題ではありません。何でも良いからやってみることです。今より悪くなることはありません。甲州弁で申し上げるならば「ほんじゃ、ま、やってみるじゃんか」の精神です

為せば成る 為さねば成らぬ成る業(わざ)を成らぬと捨つる人のはかなき

これは郷土の英雄、今でも県民が尊崇する武田信玄公の言葉です

誰もやったことが無いことをやることを「蛮勇」と言います。

それを失敗すると「無謀」と言われます。山梨の現状を打破し、閉塞感を打ち破るためには、たとえ「向う見ず」」といわれようが信念岩をも通す「勇気」がこれからの指導者に求められます。経済が右肩上がりで平和な時代には、

「和をもって貴しとなす」的なおだやかな指導者が求められました。

社会には、あまり変えてもらいたくないという空気がありました。

しかし今は違います。地方経済が破綻寸前で

時給900円の低所得層が勤労者の4割を占め

商店が次々に廃業して駐車場経営に転業していく時代ではもう、そんなのんきなことは言っていられません。

この中に山梨を良くする為のアイデアが詰まっています

しかもほとんどが前例の無いアイデアです

前例がありませんから結果はやってみなければわかりません

無責任のようですが

それをやる勇気を「蛮勇」というのです

歴史上何かを成し遂げた人が

その過程で必ず一度は振るった勇気です

桶狭間の織田信長がそうでした

中国大返しの秀吉や、関が原の家康も

みんな一度は乾坤一擲の勝負に自身を賭け

それを乗り越えたのです

私は無謀といわれながら県議に立候補し、皆様のご支援でなんとか当選することができました。そして、多くの方々から貴重なご意見をいただきました。

皆さんのお話をうかがうたびに私の心の中にいつも湧き上がってくる感情があります。

それは、私の生まれ育ったふるさとをなんとかしなければならない。

他人任せではだめなんだ、まず自分が行動することなんだ、という熱い気持ちです。

幸い、「蛮勇」では誰にも負けません。

まずやってみる、という精神は生まれつきです。

「山梨を変える」必ず変えて見せます。

そのために私は最初の一歩を踏み出しました。

みなさんにもお願いです。

みなさんもどうか私と一緒に最初の一歩を踏み出してください。

今までと同じ事をしていたら、

また4年も8年も何も変わらない山梨になってしまいます。

宮 本 ひでのり

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